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熱いご飯をおいしく握るために手につける塩を「手塩」という。
塩加減や握り加減に愛情が注がれて心が通いあう微妙さを表現することばにも使われる。

また、身近において自分の手で大切に世話をすることを「手塩にかける」といい、子供や弟子などを大切に世話をして育てることにも使われる。

◆かつては手の平を窪ませて塩を置き、食べ物につけて食べたことから「手塩」といい、その程度の小皿のことも手塩皿、おてしょう、と呼ばれる。

(参考図書:同朋社『日本料理由来事典・神崎宣武』、河野友美編『食品大事典』ほか>

< 手塩にかける >

「この味、どうかね、美味しいじゃろぅ?」

おばあちゃんは、何かと言うと「おてしょ」と呼んだ小皿に、まだ作りかけ、でも、ほぼ出来上がっているように見えた惣菜などをちょこんと乗せてくれた。

鍋の中から無造作につまみ出して、それは煮豆であったり、青菜の煮物であったり、運
がよければ、サツマイモの揚げ物であったりした。

だから、「おてしょ」と言うのは、味見のための小皿のことだとばかり思っていた。

手渡された「おてしょ」を目にしただけで、口にする前から "うまい" は決まっていた。
「もうちょっと食べたい」ほんの少しの量はうまさを増長させ、その後にちゃぶ台に並んだ本番?の味とはひと味もふた味も勝っていた。

※ ※ ※

こんな「おてしょ」のやり取りは、空いたお腹の虫押さえに留まらず、愛情のキャッチボールでもあったのだとつくずく感じるこのごろ。

時を経て「手塩にかける」言葉の深さが身体に染み入ってくる。

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