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あん入り餅。

昔は皮は薄く、餡が多くふっくらしていたので鶉焼き、または腹太餅(ハラブトモチ)といわれ、それが大福餅という名に変わっていった。

『嬉遊笑覧』(1830年)には
「うずら焼きとは、鶉のように丸くふっくらしているところから名づけられたもので、のちに、腹太といわれた餅も同じものである。皮は薄く、形は大きい塩あん餅で、大福餅ともいった。その後、形を小さく作り、あんも砂糖入りとし、もっぱらこれを大福餅とよぶようになった」と書かれている。

◆名前が変わっていったいきさつ

『宝暦現来集』に
「1771年(明和8年)、小石川御箪笥町に至って貧しき後家暮らしのおたよと申す女商人なるが、白き餅へ砂糖を居れ、外にて腹太餅と唱え替えて売りたるものなり。また寛政中頃より、同じ餅をあたためて大福餅と唱え替え専ら流行のものなり。また近頃は漉しあんにして砂たう入る。古へはつぶあんに塩計りなり。」とある。
女商人がそれまでの餅を工夫して売り出したという、今でいえば、女性企業家といったところだろうか。

◆大福餅売りの姿は『江戸物売図絵』(三谷一馬著)にも描かれているように、江戸で流行したようだ。

(参考図書:岡田哲著『たべもの起源事典』河野友美編『食品大事典』ほか)


<あん餅>

「餅つきはいつするんかね?」は、大人たちの暮れの挨拶だった。

振り上げた杵が勢いよく餅をつく。
捏ねている人の手に当たらないか?
そんなことばかりが気になって、臼の周りを遠巻きに見ていたが、息のあった様子を見ると、だんだん前へとせり出していった。

大人たちがひょこっと手に渡してくれる熱々の柔らかい餅。
あぁ、美味しいったらありゃしない!
中でもお気に入りは「あん餅」だった。
関東ではあまり見かけないあんの入った餅だ。

そうだ、「あん餅を作ってみよう!」
家庭用餅つき機では当時のものとは比較にならないけれど...。


ご近所さんに差し上げると、大概の人は「大福餅?」と。
えぇ、と口ごもる。
心の内は大福餅ではなく「あんもち」。

そう言えば、違いはどこにあるんだろう?

違いはあんと皮(餅)のバランスで、
あんもちは平べったい、大福餅はあんがたくさん入ってまあるい。

理屈ではわかっていても、私にとって手作りしたものはみ〜んな、あん餅。

...あんの多少にかかわらず、昔っからそう呼んでいたから...。

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