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魚を塩、酒で味つけした潮煮の一種。
鎌倉時代前期の歌人、藤原定家の「来ぬ人を まつほの浦の夕なぎに やくやもしおの 身もこがれつつ」にちなんでつけられた料理名。

・・・だとして、いろいろな事典に載っているが、
この語源について、川上行蔵著『日本料理事物起源 湯吹きと風呂吹き』(1989)の中に興味深い記載がある。

「定家煮と言ったら当然藤原定家(1162~1241)を思い出すだろう。そして定家とどんなかかわりがあるのかに興味を持たれるであろう。
ところが、料理の名はそれほど良心的に付けられてはいない。
まあ出鱈目といってよいものもある。定家煮などもその中の一つである。」

と前置きして、
「定家煮が記録に現れたのは江戸も中頃のことで『料理網目調味抄』(1728)鴨料理であったが、誰も尻馬に乗ってその定家煮を吹聴するものがいなかった。
ところが、諸星半六郎という著者がこの名を取り上げ鯛を酒と焼塩で煮て短冊牛蒡の潮煮を添えて出す料理を定家煮と命名して『伝演味玄集』(1745)という本に書いた。
そうしたら、今度は尻馬に乗ってこの料理を宣伝する人達が現れていろいろの本で定家煮の名がみられるようになった。
ところが、『料理早指南』(1801)という本が焼酎と焼き塩で鯛を煮て定家煮だといい出し、同じ本に鮒の定家煮まで書いた。
その又尻馬に乗った八百善の亭主八百屋善四郎が『料理通』第3巻(1829)で粒椎茸を焼酎と焼き塩で煮て粒椎茸の定家煮を書くというテンヤワンヤの結果となった。
全部がそうとも限らぬが料理の名称にはこんなテンヤワンヤの茶番みたいなものもある。」
と括っている。


<流れには逆らえない>

料理名は残しても、その中身は変わっていくのは昔も今も同じだ。
人は工夫する知恵を持っていて、身近な食材でアレンジしたり、よりおいしく、より簡単に、時には目新しさを求めて世界との融合料理も難なく取り入れてしまう。

それでも最初は「名前を借りた」後ろめたさからだろうか、⚪︎⚪︎風とか××流などと、あくまでも原型?に一歩譲った呼び方をしていたものの、いつの間にか昔からあったような顔をして表舞台へ出始める。

そして何かのきっかけで一旦世の中に受け入れられれば、知名度は一気に上がる。
広がる速度は昔よりずっと早くて広い。


そんな流れは自然だけれど、改めて「塩と酒」の単純な味つけを見直してみたいと思い、八百善流に小ぶりの椎茸を煮て「定家煮」としてみた。

う~ん、醤油を一滴、垂らしたいな~・・・と、また、また手を加えてみたくなった。

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