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移動のための携帯食。携帯用の容器に入れて持ち歩く食べ物のこと。
あるいは外出先で取り寄せて食べる食品。
一人前ずつ人の面前に置く容器を「面桶(めんつう)」、これが「めんとう」、後に「便当」、やがて「弁当」の文字が使われるようになった。また、人を招待した時にその人数全部にいき渡らせる配当を弁ずるという意味から「弁当」とも。
◆伝承料理研究家、奥村彪生さんによると、
弁当を移動のための携帯食という見地から捉えると、すでに弥生の頃からあった。石川県立埋蔵文化財研究所でみたそれはまさしく粽そのもの。角形で炭化していたが、笹の葉らしい筋が微かに伺えた。...便当の言葉が出てくるのは安土桃山の頃らしい。いつの頃からか、辨当、弁当と書き換えられる。便は大小便、便所の便で、しかも下痢を便痢とも書くからふさわしくないとの理由で、書き換えられたのだろう。
◆花見弁当にはじまり、松花堂、半月、信玄、大徳寺。駅弁、空弁、日の丸、キャラ弁、など、目的や箱の形、中に詰める内容などによってそれぞれの名前で呼ばれるほど多様化している。外で調達する外弁を利用する人も多く、食生活の大事な一端を担っている。

<お・い・し・い 弁当箱>
主の現役引退に合わせたように、30年間使い込んだ漆の弁当箱の底が所々剥げてしまった。活躍の場が狭まったとは言え、このままにしておくと死蔵品になりかねない。考えあぐねた末に塗り直しをお願いしょうと木曽に向かった。
木曽塗りだと聞いていたからだ。毎年行われる木曽漆まつりの日に「漆協同組合事務所」にかけこんで、できれば同じ塗師さんにお願いしたい意向を伝えた。包みをといて弁当箱を広げると、そこに居合わせた職人さんたち3、4人が頭を寄せ合うようにして覗き込んできた。
底にわずかに残っている朱色の落款を見つけると、それを近づけたり、遠ざけたり、メガネを外したりして頭をひねっていたが、顔を見合わせて、これではわからんね、うーん!
どっから来たのか、毎日使ったのかね?と、こちらへの興味も示しながら年季の入った指先で撫でたり滑らせたり、曲げたワッパの繋ぎ目、ワッパと底の繋ぎ目を穴の開くほど見つめたり。しばらく謎解きをした後、「この仕事はあの人かこの人、しか、いない」と二人に特定するにまで持ち込んた。どうやら、ワッパの繋ぎめと縁の周りに一手間の細工が施してあったことが、決め手になったらしい。職人さんたちの眼差しを追いながら私はただただ感心するばかりだった。
「一生もの」と勧められて買ったものは山ほどあったが、こちらの心変わりも含めると、結局は「使えないいこともないが...」というのが多かったからだ。
候補にあがった一人目の人を訪ねたら「これは私ではない」と。もう一人の塗師さんのところへ案内してくれた。そして、川を隔てた橋の正面に構える一軒家、野口さんの工房に辿り着いた。30年も前の仕事なのだから、美味しんぼに登場してくる作務衣姿の陶山先生のような好々爺だと思っていたら、えっ!
スラッとしていて年の頃は還暦過ぎ。一眼で「私が塗ったものです」ときっぱり。こんなことってあるんだ、さすが日本の手仕事だ!込み上げてくるものがあったが、それ以上に塗り手は感慨深げ。長いあいだ使っていただいて...と。
師匠に連れられて、東京、中野の手作り店「モノモノ」に置かせてもらったとのこと。初期の頃の作品だったようだ。
...深みをました弁当箱は漆の匂いを僅かに残して手元に戻ってきた。そして改めて大切に使いたい一生もののひとつに仲間入りをした。
お花見やちょっとした散歩にも提げて行けばさぞ、美味しい豊かな時間が過ごせるだろうと想像しながらも、それに手間ひま注ぐのには世の中が便利になりすぎた。右を向けばコンビニ、左を向けば自販機、箸やおしぼりだって抜かりがない。至れり尽せりだけれど、それを取り出す時のガシャガシャ、というビニール袋の音の分だけ豊かさが遠のいて行くような気がする。
べんとう箱を見つめながら、取り敢えず、のり弁でもこさえてみようかな。

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