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祝宴などの後、招待客に贈る品物のこと。
平安時代には饗宴が終わった後、主人が馬を引き出して招待客に贈ったことからこの名がある。公家では馬や鷹を、武家では馬をはじめ太刀、弓、小袖などを贈った。
その後、馬を引き出すことはなくなり、広く招待客への土産物を指すようになった。
鰹節や紅白まんじゅう、かまぼこなどが主流をなす時代を経て今では自由に選べるカタログギフト形式も盛ん。
(参考図書;食文化史研究家、永山久夫。広辞苑ほか)

<おみおり>
女三人よれば姦しい。ましてや、五人も寄れば女偏を五つに増やしたいところ。
最上階のレストランで「外の景色がよく見える席がいいわ」などと注文をつけておきながら、窓越しに見える景色を眺め愛でるのは一瞬のこと。
注文を済ませるや否や、「久しぶり」の時間分だけ会話が弾む。

一段落した頃合いをみて、自分が食べたものの中から、あるいはその店のお勧め品を一つ二つ「持ち帰る」ための注文をする優等生がる。
あら、やさしいのね。
「わたし一人がおいしいものを食べていたんじゃぁ、申し訳ないからね。」さらに、「こうしておくと万事うまくいくのよ。」と本音半分、出し抜いたみんなへの遠慮半分。
それじゃあ、私もそれを一つ、と、つられる派、頷いて感心するだけの人、無関心派。羨ましいと嘆く一人暮らしを余儀なくされている人、とそれぞれだ。

池田弥三郎著『食前食後』の中では、どこの料亭でも「おみおり」の用意がほとんどなくなったことを嘆いている。「おみおり」とは「折詰」の女房詞で、「おおり」とは言えないことから生まれた言葉(おみおつけと同様)だと記してあった。
料亭の女中?はその客が食べないだろうものを、客の前で折に詰めて持ち帰り用に調えることが当たり前で、その見極めが出来る人のことを「箸が持てる」という言い方をしたそうだ。
宴席に出かけた主が、自分が食べた一部を家族に持ち帰り、待っている子どもたちの口に入る。それもコミニュケーションのひとつだったような気がする。
団塊世代もすでに高齢者と呼ばれる今日、子どもたちが巣立って部屋も心も空き巣状態?で、暮らし方の仕切り直しが迫られる。
夫婦を繋げるツールの一つとして「おみおり」の力を借りるのもいいかな、と思うこのごろだ。


「いつでも、簡単に、おいしいものが手に入る時代だから、そんなもの必要ないわ。」って?
あぁ、それを言っちゃあ、おしまいョ!...寅さんのセリフが聞こえてくるよう。

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