ログイン状態

ただいまログアウト中。ログインする
※ログインすると全データが見れます

水溶き小麦粉にキャベツ、モヤシ、豚肉などを加えて鉄板の上で焼き、青のりやソースなどをかける粉もん料理。
形や具材、味付けは焼く人の好みで自由にできるところから、「お好み焼き」と名づけられたものであろう。

◆ 関西では出汁や卵、山芋などを加えた小麦粉生地に具材を混ぜて焼き、広島風は水溶き小麦粉をクレープ状に流した上に具材をのせ、さらに生地を流して具材を挟むようにして焼くことが多い。

◆起源は江戸末期の雑菓子、麩の焼きからとの説がある。日本全国には多種類のお好み焼きがあり、又それから派生したと思われるもんじゃ焼き、チョボ焼きなどもある。

(参考図書;小林カツ代著『小林カツ代料理の辞典』 永山久夫のエッセイ、河野友美編『食品大事典』ほか)


<されど...粉もん!>

広島市の本通りを抜けて「キッチン森下」の前を通り過ぎると「お好み村」があった。
もう40年も前のこと。

お好み焼き屋ばかりが並んだバラックの建物(今ではビルになっている)で、まん中の通路を分けて両側に長屋のように20軒ぐらいは連ねていたような。

一歩足を踏み入れると、あっちからもこっちからも威勢のいい呼び込み声が飛び交ったが、それを振りきるように「悦ちゃん」というおばちゃんが一人で仕切っているお店に直行した。

悦ちゃんの話によると、
「戦後の荒れた時代に、あり合わせの野菜と小麦粉を合わせて、あちこちに転がっていたトタン板の上で焼いてネ、上からお好みソースをかけて食べたんよ。それが広島のお好み焼きの始まりでね。」と激動の時を振り返りながら饒舌に話してくれた。浮いたり沈んだりするエクボが印象的な人だった。

長い鉄板の一部に油をひき、薄い小麦粉生地をお玉ですくって持ち上げたかと思ったら一点をめがけてタラーリ。
すぐさまお玉の底を当てて丸く伸ばした。それが乾かぬうちに千切りキャベツとモヤシをドッサリ、葱と天かすも必須。

その上から、さっきの生地をサラサラと回しかけた。
と思ったら、両手に大きなヘラを持って天地返し。
をしたと思ったら、丸い鉄の重しをのせてギュッ。

頃合いを見てひっくり返し、とろみのついたお好みソースをはけでペタペタ、青のりとけずり節を振りかけてから、鉄板の上を客の前まで滑らせた。

垂れたソースが鉄板に弾いて端がジュウジュウ、けずり節も踊っている。
これが基本のお好み焼きで、ウドン、ソバ、肉、卵入り...などのバリエーションがあった。

**
待ち構えていた私はヘラの柄をギュっと持ちなおすとお好み焼きに直角に当て、素早く前後左右に動かして切るのだ。
角がスパッと切れているのが心地よかった。ユルユルとヘラを当てたのではこうはいかない!
熱いヘラが直接唇に当たらぬように口に放り込む。

何と言っても、熱い鉄板の上でヘラから直接口に運ばないとおいしさは半減した。
中身をどんなに豪華に変えても、お皿に移した生あたたかいお好み焼きは、丼に移しかえた鍋焼きうどんみたい。

「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう。」
食通として著名な"ブリア・サバラン"の名言が頭をよぎる。

コメントする


画像の中に見える文字を入力してください。