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小麦粉生地を円形型に焼いた餡入り菓子。
江戸時代中期の頃から作られていたきんつば(餡を角型にして小麦粉の皮をつけて焼いた菓子)にヒントを得て作られたもので、神田、今川橋付近で売り出されたのでこの名がある。
明治時代の『東京名物一覧』には庶民の間で人気のあった流行菓子としてあげられている。
◆一説には桶狭間の合戦にもじって「たちまち焼ける今川焼き」など、宣伝販売したのが当たったのでこの名があるとも言われる。
◆『下町今昔』(秋山安三郎著)には「今川焼きくらい世の変遷にあって何度も名を変えながら、結局また、いつとは知らずもとの名に戻ってくるものはない。対象焼き、巴焼き、義士焼き、太鼓焼き、震災時の自由焼き、復興焼き、形も質も変わらず、名だけ変えたのをあげればきりがないが、結局は素人がすぐできる商売・・・。」とある。

<屋台でも・・・>
今川焼きの中身は小豆餡であったものが、今ではクリーム、いちご、チーズ、果てはチョコレートまで。様変わりしている祭りの屋台メニューの中でも未だ健在である。安くて手軽に食べられる気楽さが、人気の秘密なのだろうか。そして、おばさんにとっては歩きながらほおばれる数少ない菓子、かな?
似たようなものは台湾や韓国にもあり、いずれも屋台風というのも共通している。

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