ログイン状態

ただいまログアウト中。ログインする
※ログインすると全データが見れます

バラ科、落葉高木。
アマスウメ(甘酸梅)という意味からこの名がある。桃になぞらえる外来の植物という意味で、他の種類の植物と共に「からもの」と呼ばれていた。
江戸時代に長野県、松代藩主、真田公が産業奨励のために苗木を配ったのが始まりであるが、当時は果物としてではなく、咳止めなどの薬用として種(杏仁)が用いられていた。果肉も食べるようになったのは文政年間(1818~1830年)に入ってからで、杏の果実である「杏子」を食べる習慣が広がるにつれ、唐音の「アンズ」という名で呼ばれるようになっていった。
.◆杏については次のような逸話がある。三国時代の医者、董奉は患者からお金をもらう代わりに杏の木を植えさせた。やがてそれが林となり、その果実は自由に人にとらせた。また、杏を売って穀物に替え、それで貧者の救済をしたという。この故事から医家を意味する杏林という語が生まれた。
◆英語の「アプリコット(apricot)」はラテン語の「アプリカス(apricus)」の転語といわれ、「よく日光があたって早く熟した」という意味である。同じ仲間である桃の中では他のものより一足先に熟するという意味で名づけられたらしい。
.
<のし杏>
梅雨の頃になると熟した実がぽたぽたと落ちてくる。
もったいないと思いながらも、金網でしっかり守られている区の土地なので手の出しようがない。ところがある日、その金網の穴から竹棒をさし込んで身をよじらせながら杏の実を引き寄せている割烹着姿のおばあちゃんを目撃。オッ、なかなかやるじゃない!足を止めて「そのまま食べるのですか?」とたずねてみると「杏のしーとを作るのよ」。えっ!と聞き返す私に「ほら、杏で作ったのし梅みたいなものよ。シリアからのお土産にもらったソレを作りたくってね~」だって。
ハテ、信州名産の杏にそのような菓子はあったけれど、シリアのそれとはどんなものだろうか。
料理本をめくって見ると、シリアでよく見かける食べ物、「アプリコットシート」として作り方が出ていた。
それによると、①杏を潰してトロトロになるまで煮てこし、ピューレにする。②砂糖を加えてペースト状になるまで煮詰める。③トレーにオリーブオイルをぬってペーストを流しいれ、乾燥するまで日当たりのよい屋根の上に48時間以上置く。というもので、屋根の上で乾燥させるところがいかにもシリアの国らしい。
シート状に切ってそのまま食べるか、飲みものやデザートの材料に加えるか、子羊の肉や野菜の煮物に加えるかして使う、と続いていた。
なかなかのおばあちゃんだと感心しながら、うまく作れたかどうか。
しばらく金網の外に立てかけてあった竹棒も、杏の実がなくなる頃には外されていた。

コメントする


画像の中に見える文字を入力してください。