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チョコレートバターケーキにチョコレートがコーティングされている菓子。ウィーン銘菓。
オーストリア宰相、メッテルニヒおかかえのコック、フランツ・ザッハーが考案したことからこの名がある。
(・・・と、ここまではいろいろな人の著書を見るとほぼ、同じ内容である。
ところが、この先、成り行きやいわれなどについてはさまざま。それだけ思い入れの多い菓子であるということがよくわかる。
それらを列記してみると、
◆ザッハートルテが作られたきっかけ
* 「メッテルニッヒ公はまるで私の焼くお菓子があまり美味しくないかのように、何か新しいものを考えるように言って私を悩ませた。そこで、私はある種の材料を一緒くたにしてみた。そうして出来上がったのがザッハートルテである。」とフランツ・ザッハーは語った。『世界の料理』(タイムライフ刊)
* メッテルニヒはザッハーにウィーン会議に備えて「今までに誰も口にしたことのないようなすばらしいデザートを作るように。」と命じ、これに応えて作ったのがこのトルテ。『洋菓子の世界史』(吉田菊次郎著)
* 突然の訪問客があり、不在の料理長に代わって見習い調理人であったフランツ・ザッハーが急いで作ったケーキ。『ハプスブルク プリンセスの宮廷料理』(関田淳子著)
(それほど、短時間で作れるのか?)
◆ザッハートルテという名のケーキ、二つのお店が「本物」と名乗る。
創案者と家系のつながりのあるホテル・ザッハーか、それともデーメルの店かというのだ。この論争は裁判にまで及び、「甘い七年戦争」と呼ばれた。
*デーメルの店はザッハー家の最後の子孫だったエードアルト・ザッハーからチョコレートの上に「本物のザッハートルテ」という印をつける権利を買い取ったのである。そして、その作り方も彼の許可を得て、『ウィーンの菓子作り』(ハンス・スクラッハ著)という本の中で公表した。
* フランツ・ザッハーは独立してオペラ座の前にホテル・ザッハーを開業し、ここのカフェでトルテを売っていた。ところが、同じ町にハプスブルク家おかかえの老舗「デーメル」という菓子店でも同じ名の菓子が売られるようになった。ホテル・ザッハーの息子とデメル菓子店の娘が結婚したため、極秘の配合がもれたらしい。
* フランツ・ザッハーの死後、ホテルが経営不振に陥って老舗菓子店のデーメルに援助を求め、それがこの菓子の特許権をめぐる係争へと発展したというのである。
◆どちらに軍配?
裁判にもなり、ホテル側が勝利した。ところが、ザッハートルテの愛好家たちは銘菓が失われることを恐れて嘆願書を出したため、最終的には引き分けになったという。そして、今ではこうした争いもなく、どちらも本家ということで落ち着いている。
◆違いは?
外見の違いはカフェ・ザッハーではトルテの上に丸いチョコレートが、デーメルには三角のチョコレートがのせてある。さらにデーメルでは生地とコーティングチョコレートの間にアプリコットのジャムが挟んである。

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