ログイン状態

ただいまログアウト中。ログインする
※ログインすると全データが見れます

ショウガ科、多年草。
釈迦の弟子に物忘れがひどく自分の名前すらも忘れてしまう者がいた。
そこで釈迦は彼の名前を書いてそれを身につけるように与えたところ、弟子は常にそれを背負って歩いていた。
彼の死後、墓のまわりから見も知らぬ草が生えてきたので、名を背負って歩いたことからミョウガ(名荷)と名づけた。「ミョウガを食べると物忘れをする」といわれるのはこの故事から生まれた言葉である。
◆「名荷」ではなく、「茗荷」の文字を当てている事典類が多いが、『日本料理事物起源』(川上行蔵著)には「茗荷」の文字は不適当であるとし、その理由を次のように説明している。
「元来、茗は茶のことであってみょうがとは全然関係のない文字である。荷は蓮の葉のことであって、これも茗荷とは無関係の文字である。俗字は俗字でも極めて不適当な俗字である。」としている。
さらに、「みょうがの古名は「メガ」であって、奈良朝時代の文献には「売我」または「女我」になっているという。その後、『延喜式』(927年)や『倭名類聚抄』(935年)には「蘘荷(メカ)」と書かれ、この「蘘(ジョウ)」の字は中国でもみょうがの意味に使用されているらしい。全然関係のない「茗荷」という漢字を採用したのは『庭訓往来』(1350年頃)からだった。ただし、この古典は成立以来、写本から写本へと書き伝えられたものなので、原本の著者の責任ではないかも知れない。」と続けている。
◆江戸落語の『茗荷宿』はこんな話である。
泊り客が大金の入った財布を忘れていくように、手をかえ品をかえミョウガ料理で接待したところ、客は宿泊代を置き忘れて出発してしまった。
◆東京、茗荷谷の地名はおいしいミョウガが採れたことから名づけられた。
(参考図書:川上行蔵著『日本料理事物起源』 河野友美編 『食品大事典』ほか)
.
<みょうが餅>
まぁ、美味しそう!我が家のみょうが畑を指さしたSさん。
子どもが出るのはもうちょっと後の時期ね、と言いながら根元を探りはじめたら、
「そうじゃあないのよ、葉っぱ、青い葉っぱのことよ」と。
えっ!
「これで餅を巻いたら、美味しいみょうが餅ができるのよ」と、島根県出身の彼女は目を輝かせた。

...その日のうちに餅になって里帰りしたみょうがの葉っぱ。
もちろん、それにまつわる思い出話をまとって...。
Sさんの頭の中には故郷の情景が繰り広げられてるらしく、その想いの深さ分だけ舌のまわりがいいように思えた。

たかが、みょうが、されどみょうがの葉っぱ!

いやいや、爽やかな初夏を思わせるいい香り〜、でしたよ。
(中に包む餅は米粉の他に小麦粉生地があり、餡は白、黒など地域によって色々ある)


コメントする


画像の中に見える文字を入力してください。